ニートが怖くて生きていけるか

ニートが怖くて生きていけるか

年収780万を捨てて我が道をゆく

プロフィール

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1984年岩手県盛岡市生まれ。東京都在住

東海大学中退。

東京理科大学卒業。

東京理科大学大学院修士課程終了。

IT企業で6年ほど開発者として生きる。

現在、フリーランスでゆるーく働きながら、自分の事業を作るべくモラトリアムにはまってる。

移住を企み、最近では福岡県の糸島市あたりが気になってる。

Twitter: @nabeemichi

学力について

僕はバカです。

1学年280人くらいいた中学校での成績は常に200番代をキープし続けることを達成。

高校では、赤点を8教科達成。

大学の受験勉強は分数の足し算から勉強開始。

英語にいたっては、be動詞ってなんですか?レベルからスタート。もちろん中学校のドリルからはじめましたよ。

せっかく入れた大学も半年で中退。

再受験して大学にはいるも、大学ってやっぱり意味ね~かもと思って、留年すれすれな学生生活を送る。

とまぁ、なかなかのバカっぷりを成し遂げてきました。

中学時代

授業は基本的に寝てばっか。

成長期だから眠くてしょうがない。

いっぱい寝たので身長は180センチを超える長身をゲット。

授業寝ててよかった。

勉強では得ることのできないものを得ることができた。

勉強で得られる知識はいつでも挽回できるけど、身長はこの時しかゲットできない。


授業中寝てばっかりいるもんだから、先生からは嫌われまくる。

僕のこと大嫌いな先生を作ることに成功し、

先生とよく喧嘩をする中学生ができあがる。

ある日、もっとも仲の悪い国語の先生が、

「お前、やる気ないなら帰っていいよ」

とありがたいお言葉をプレゼントしてくれたので、

お言葉に甘えて授業中に帰宅しちゃう。

そんな本気で思ってもないこと言っちゃったら、こっちは逆に本気だして行動しちゃうよ〜と思って行動したけど、

結果は、校門で先生たちに捕まって教室へ強制連行。

高校時代

全然勉強ができなく、名前を書けば入れるような高校に入学。

勉強に面白さなんてなんも見いだせずに部活にだけ専念するような高校時代を送る。

中学時代同様、授業は基本的に寝る時間。

授業寝てるだけだったら出ても意味ないと思い、

学校をサボりだす。

部活に間に合う時間に登校するという高校生にして、既に重役出勤という技を覚える。

部活の顧問の先生が生活指導担当でかつ、クソ怖い先生だったため

顧問の先生に重役出勤がみつかり、こっぴどく叱られる。

部活だけのために高校行ってるのに部活ができなくなるのはまずいと思い、

重役出勤というスキルを葬ることにする。

試験では、常に赤点だらけ。

物理学に目覚める

テストで3点というあまりにもひどい成績をとったため、物理の先生に集中砲火で授業中に怒られる。

その結果、腹が立ってムカついたので、あいつうるせー!と思い、先生を黙らせる為に勉強する。

物理は、覚えることが少ないのでバカな俺にも向いている科目だったことに気づき、

最後は学年3位までなって、先生を黙らせることに成功。

先生にジュースおごってもらい、仲の悪かった物理の先生と仲良くなることに成功。

浪人

底辺高校のくせに、バカなくせに、大学進学を目指してしまう。

結果、全て撃沈することで浪人生となる。

地元にいても友達と遊んでばかりいて、勉強しないと悟った親が僕のことを家から追い出す。

その結果、大都会東京で浪人生活スタート。

もちろん勉強なんて本気でするわけもなく、参考書だけ買って満足する浪人生活の結果

東海大学に見事合格。

東海大生時代

大学入ったのはいいものの

あれ?高校のときと何か変わったっけ?

ということに気づいてしまい、

さらに、バカな幻想をいだく。


もしかして、頭いいとされてる大学行ったら見える世界が変わるんじゃないか?


 そんなアホみたいな幻想を抱いて、半年で中退。

再びの浪人生

勉強期間は半年。

バカなので、勉強する科目は3科目に絞る。

3科目で一番偏差値高い大学を目標として勉強。

偏差値40から60までジャンプアップに成功。

あれ、俺もしかして頭いい?とか勘違いし始める

勘違いした結果、4科目やらないといけない早稲田と慶応も受験。

結果、やっぱり3科目でトップだった東京理科大に合格。

合格したときには、父親から


夜間学部か?


って疑われるくらいの奇跡的快挙を成し遂げる。

母親は号泣して、


なんでそんなに勉強するようになったの?


って号泣される快挙も同時に成し遂げた。

俺の親よ、自分の子供のことをもう少し信じてもいいんじゃないかい?

理科大生時代

世界が変わると思って、夢見た偏差値高い大学に行ってみた結果、

百万単位の授業料をつかって、


どこの大学も大してかわんねーな


というオチを作るとう虚しい結果で大学を終了。

すまん。僕の両親。あなた達が頑張ってためてくれたお金は…

無駄だった。

そこそこ有名大学入ってバカ脱出した気でいたが、やっぱりバカのままだった。

大学に意味ないと感じてしまってからは、バックパッカーで海外を放浪。

タイのタオ島へ流れ着き、ダイビングにはまりタオ島でダイブマスターまでとってしまう。

大学院時代

バカはやっぱりバカのままで、

理系だから研究職にでもなろうかと思い、

あれ?

俺って研究向いてるのかな?

とかバカな考え起こしちゃって、試しに大学院へ進学。

ゴマすりばかりしている教授を見て、


何のために研究してて、何したいんですか?


みたいな生意気なこと言って、教授とガチ喧嘩をする。

その結果、自分の研究に研究予算を回してくれないという、さらなる研究課題を教授にいただく。

ありがとう、あなたのお陰で、限られた予算と限られた時間で何ができるかを考えられる人になった気がします。

修士論文の評価は

僕の担当教授以外からは、実験も論文内容もよく書けてるなどのいい評価を頂いたのだが、

担当教授とは仲が悪かったため

誰でも成績Aになるような、修士論文の成績がCのギリギリというレアな成績をゲット。

こんな悪い成績とってるの、僕以外誰もいない…

と、みんなから笑われるギャグも先生からいただけた。

社会人

理系学生にもかかわらず、

パソコン大嫌い、

プログラミングなんてパソコンオタクがやるものでしょ?

と決めつけていたのにもかかわらず、

IT企業に入社。開発部門でプログラミングすることになる。

IT企業に入ったのにもかかわらず、独学でプログラミングを勉強。

だって、プログラミング研修とかなかったし。

最初の三年間は、9時半〜終電まで働き、

土日出社も当たり前にし、

みんなが休んでいて静かで集中できると思い、年末年始も出社して仕事をし、

何度徹夜したことかと言うくらい、ストイックに締め切りを厳守し

アウトプットもほぼ不具合ない製品をだし、

どんどん評価されてどんどん給料を上げることに成功。

サラリーマン最後の年収は780万まで言ったが、

絶対に成果を出すということにコミットしまくって、

徹夜しまくり、無駄な派閥争い的なことに巻き込まれ、自爆。

もう、こんな生活してても幸せにならんと思い、次の仕事も決めずに退職。

開発スキル

WEBアプリ開発をフルスタックで開発。

  • Java 5年
  • JavaScript 3年
  • JQuery 3年
  • HTML
  • CSS
  • Oracle
  • NoSQL
  • git
  • less
  • Spring

個人的な趣味でiPhoneアプリを作ろうと企んでる。

プログラミングなんてサンプルあればどうにかキャッチアップできると思ってる派。

今後の展望

フリーランスエンジニアとして週3くらいでゆるーく仕事しながら、

アプリ開発して自分の事業を作ることが夢。

ダイビングのアプリがつまらなものばかりなので、自分でおもしろアプリ作ってやろうと密かに企み中。

私生活では、田舎へ移住して自分の事業を田舎でやり続けることを目標にしている。

福岡県の糸島市あたりが最近は気になってるところ。